スピリチュアルな視点で・・・前回よりの続き。②
昨年のクリスマスに、ブログパーツのグリムスの樹に、沢山のローソクによるライトアップを、丁度、日にち的なものと時間的なものが重なったのか見つけ出すことができたり、また、雪の積もった光景に赤いマフラーや赤い帽子の飾りがあったりだとか、クリスマスは特に変化が激しく、とても楽しい気分にさせてもらいました。
そして、二年生の我が娘にも、「大きくなったら絶対にブログをする~!」って、日々、とても私がブログをやって楽しんでいる所を見ては、羨ましがられています。
コメントのやり取りで楽しんでいるところや、ブログパーツの変化などで楽しんでいるところを目の当たりにして、とっても、とても、羨ましいようです。
そして、昨年は、このグリムスの樹が、思ったよりも早く大人の樹に成長して、「うそ~
もう成長したの~?」って感じで、めでたくも年内に、実際に西アフリカに植林をして頂けたようで、何だか、地球の美と健康に少しでも貢献できたことが、とっても、と~っても嬉しく、思いがけず、早く育ったグリムスの樹に大喜びをして、このブログの記事でも、無邪気にも届いた報告メールを公表させて頂いたのですが。。。
なんと
本日
また
めでたく
第二本目のグリムスの木の芽が、ピョコン
と飛び出しているではありませんか~~~![]()
「こいつぁ~、朝から縁起がいいぜ~~~ぃ。
」←(また、時代劇風に。。。
)って、本日は、お空の方も、朝から少し霧が掛かって視界が悪かったものの、今現在は、清々しい晴天となっておりま~す![]()
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太陽神よ~![]()
ブログパーツグリムスの樹の赤ちゃん誕生
!!と、この本日の清々しい青空に!!深く感謝致しま~す![]()
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ここに、敬礼!そして、合掌!を、させて頂きます![]()
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では、今回は、前回の記事の続きのお話へと、またまた展開させて頂きたいと思うのですが、少々晴れやかな、清々しい記事の後に、また、人生の重く真剣な話しの続きへと展開させて頂くことになりますが、話しのギャップに対してお詫び申し上げ、尚、この後の記事からは、慎み深く投稿させて頂きたいと思います。「一礼。」
『兄が突然死。母も闘病の末、他界。心の支えだった恋人までが突然死。私は不幸な星のもとに生まれたのですか?』
前回の続きより。。。
この「宿命」「運命」の視点から、あなたの状況を見直してみましょう。
一つめに、お兄さんの突然死。不意の出来事ですし本当につらかったと思いますが、スピリチュアルな視点では、自殺を除くどのような亡くなり方も「寿命」です。その年齢で他界したことは、お兄様自身のたましいがあらかじめ決めていた宿命だったのです。また、長生きが即ち幸せではありません。
三十で亡くなろうと九十で亡くなろうと、たましいの長い尺度で見ると、どの道あっという間です。その中で、どれだけ充実した一生が送れたかのほうがずっと大切です。短くても、たましいを輝かせてたくさん学べた人生は、「幸せ」な人生なのです。
あなたは「長男が短命な家系なのも気になります」と言います。確かにそういうことはありますが、そこにもやはりその家の学びのテーマがあるのです。たとえば、家族のありがたさを改めて思う、長男を早くに亡くした分みんなで協力して家を支えていく、といったようなことです。
二つめに、家庭環境。あなたは一人で介護を続け、恋人がいても結婚して実家を離れることができませんでした。そのことに多少の被害意識をお持ちだったかもしれません。けれどそれも、あなた自身のたましいが、みずからを鍛えるためにあえて挑んだ宿命だったのです。
また、その宿命の中で、あなたが別の「運命」を選べたであろうことも確かです。在宅介護の道を選択したのはあなた自身の料理の仕方。でも、たとえば、施設に預けるという道もあったと思うのです。
狭い地域社会の中で「世間の目」を気にしての選択だったかもしれません。けれど、在宅介護をしたから「いい人」で、施設に預ければ「悪い人」という、世間にありがちな評価は、当事者の大変さを知らないあまりに一面的すぎる見方です。
スピリチュアルな価値観では「動機」がすべてです。目に見える行動だけで判断するのは間違いなのです。
介護問題一つにしても、本当に自分の手で介護したいという動機なくして在宅介護を選び、その結果、被害者意識を募らせて日々を過ごすくらいなら、信頼できる施設に入ってもらったほうがいい場合もあるのです。
お互いに心に余裕を持ち、お見舞いのたびに真心からの笑顔を交わしたいという「動機」から施設に入ってもらうなら、それはそれで正しい選択なのです。
三つめに恋人の死。あなたに大きな影響を与えた彼との出会いも「宿命的出会い」でした。それだけにさぞ悲しい別れだったでしょう。しかし、彼の死もまた、あなた自身に意味のある学びでした。
霊視をしますと、これらすべての経験が、根底において共通のテーマをあなたに投げかけています。それは「あなたはいったいどんな人生を作っていきたいのですか?」という問いです。
今までのあなたには「自分の人生は自分で作る」という考え方が足りませんでした。ですからさまざまな経験を通じて、「人生の責任主体は自分自身だと自覚し、自立心を持って幸せな運命を作っていくことが大事なんですよ」という愛のメッセージが繰り返し届けられていたのです。
また、大切なのは目に見えるかたちよりも「動機」なのだという視点も欠けがちでした。たとえば、実兄がなくなったから自分が家を守り抜かなくてはならない、親は子どもが介護しなくてはならないという思い。
それはそれで間違ってはいませんでしたし、心優しいあなたらしい選択でしたが、なぜ自分がそれを選ぶのか、果たしてそれが本当に自分やまわりの人の幸せに結びつくのかという根本をあまり見つめてきませんでした。
あなたは、「親の看病や介護に明け暮れているうちにこの年齢になってしまったけれど、これからでも結婚して、家や墓を守っていきたい」とも言います。つらい経験を乗り越えて前向きになれたあなたに心から拍手を送りたい気持ちです。
ただし、もう、家や墓を守るために婿を取らないといけないなどというこだわりはいりませんよ。そこでまた自分の幸せを限定してしまってはいけません。家族や先祖への愛さえ失わず、家や墓についてもできるだけのことを精一杯やっていれば、この際割り切って他家に嫁いでもかまわないのです。
これからは幸せも沢山経験して下さいね。人間には苦労の経験も大切ですが、幸せの経験も同じように大切です。人は苦労により幸せのありがたみを知りますが、幸せも味わわなければ、幸せの貴さはわからないのです。
以上が、江原啓之さんからの、スピリチュアルな視点から見た、人生相談のお答えです。![]()
私が、スピリチュアルなことに興味を示しだしたのも、私にとって大切な存在であった、祖母の死が切っ掛けでした。
「人は何故に生まれてこなければいけないのだろうか?」「何を目的として生まれてくるのだろうか?」「何故に死んでいかなくてはならないのだろうか?」
そして、その意味を見つけ、追求したいという思いに駆られ、江原さんのまず生い立ちや体験談が書かれた本から入り出し、そして、「この人は、信用できる!」と判断したことが切っ掛けとなり、どんどん、スピリチュアルな世界への追求心が深まっていったのです。
そして、「生きるということは、まず、死に対して向き合うことである。」と、祖母の死を切っ掛けにして、スピリチュアル的なことを追求していく中で、深く感じ、心が何だかスッキリしたような感覚を覚えました。
生きる→死。である。というよりも、死→生きる。と言う風に考えた方が、より良く生きれるのではないか!と感じたのです。
どのような形の死を迎えようと、自分自身の普段の生き方や死に対する考え方によって、きっと、素晴らしい人生の最後の幕を降ろすことができるのではないでしょうか。
喩え、どのような絶望に駆られようとも、どのような苦難に襲われようとも、自らで自らの命を絶つために生まれて来た人など、どこにもいないはずです!
自らで自らの命をたって、THE ENDなどというシナリオを生まれるまえから作りだし、計画し、この世に生まれてきた人など、どこにもいないはずです。
生きる道は、必ずあります。生きる道がふさがってしまい、もう前進していくことができない!などと思うのは一時的な絶望的な感情のみから湧き出すのです。
何度も言います。「道は必ずあります。」そして、一時的な絶望感に惑わされることなく、吹っ切れた輝かしい未来に向かって前進して下さい!!
何故なら、あなた方は、「生きるために生まれてきたのですから!」「天命を!寿命を!全うするために生まれてきたのですから!」
目的は、人によって様々で、一つの人生という山を登るにあたっても、人それぞれの展開が待ち受け、繰り広げられていくことでしょう。
しかし、苦難の多く激しい道のりの後には、必ず、それにも益した、充実感も幸せ感も達成感もあることでしょう。
恐らく、霊界のように何でも思い通りになる次元の世界では味わうことができない幸せ感が、この世、この次元にはあるはずです。
心も身体も疲れた時は、怠ければ良し!、一休みするも良し!自分の人生だもの、それを、誰にとがめる権利があると言うのか!
ですが、その後は、勇気を出して!進むべき道を見つけるのです!必ずあります!
人の心も、物事も、川の流れるが如し、時と共に常に流れ変化していきます。
あなたの心も、いつの日か、きっと、間違いなく、穏やかな流れに乗って、輝ける未来へと導かれていることでしょう。
今現在生きているこの三次元の世界にだけ囚われることなく、人は、もっともっと、深い深い意味を持って、この次元に生まれ出てきたのです。
私は、これからも、仏教・神道・カトリックと様々な古代の宗教から受け入れたい事だけを吸収し、そして、このスピリチュアル的な観点もドッキングさせることによって、自分自身の内なる宗教を作りだし、展開させていきたいと思っております。
今回も、もの凄く、人迷惑な長文になってしまいましたが、初めて読んで下さる方がいらっしゃるなら、きっと、「なんだ?このブログ。。。こんな長いブログ見たことない。。。
」と思われることでしょうが、以前から読んで頂いている方なら、もう、日常茶飯事的なことだと、きっと、諦めて下さっていることでしょう。。。![]()
少々生意気なことも申しましたが、何卒、お許し下さいまし。ですが、まったくもって、これは、本心です。
最後までお読み下さった方々。誠に、有難うございました。![]()
次回も、江原啓之さんによる著書のお力により。
『三歳の息子が、遊んでいる最中に事故死。息子のたましいは、今どこにいますか?ひとりぼっちで泣いてはいませんか?』というご相談に対する回答を載せさせて頂きたいと思います。
宜しくお願いいたします。![]()
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